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BPC Players Series 「DOUBLER」

2015/12/23
 ブリティッシュ・ペダル・カンパニーからは、TONE BENDERではないクラシック・ファズも復刻・発売されています。今回はそんな「ちょっと変わった」英国製ファズのひとつ、DOUBLERをご紹介したいと思います。

 これまでシツコイと言われるほど何度も書いたように、イギリス史上初のファズ・ペダル製品、TONE BENDERを設計したのはゲイリー・ハーストという電気技師でした。ゲイリー・ハーストは1960年代初期にはJMI社に入りVOX製品の設計・製造に勤しんだ人であり、その後独立しTONE BENDERを製造しています。TONE BENDERだけではなく、VOX製品にも、また他のメーカーの電子オルガン等の設計にも関与したことで、彼は60年代にはビートルズ他多くのアーティストとも交流、技術的なアドヴァイスを施した人物です。

 ただし、TONE BENDERというファズ製品が注目されるようになると、TONE BENDERは彼の意図ではなく、会社(SOLA SOUND LIMITED)の思惑が優先されて設計・開発されるようになりました。商業ベースの商品ですから、ある意味当然でもありますよね。また、前述したようにゲイリー・ハーストはフリーランスの電気技師でしたから、1社とだけではなく、他の楽器メーカーとも数多く仕事をしていてもおかしくはありません。実際にゲイリー・ハーストは60年代にイタリアのメーカーでオルガンを設計したり、エルカというブランドでファズの製造を担当したこともあります。
 さて、70年代に入り、ゲイリー・ハーストは新しいファズ・ペダルを設計しました。それが今回紹介するDOUBLERというファズなのですが、このファズのオリジナルはCBSアービター社から1975年頃に発売されたものです。ゲイリー・ハーストがCBSアービターと仕事してできたファズ製品だ、と言い換えられます。CBSアービター社はあのFUZZ FACEでも有名なダラス・アービター社がCBS(米国であのフェンダーの商標を買い取った会社としてご承知の方も多いでしょう)にブランドライツを売却してできた会社です。
 ですが、結果を先に書いてしまえばこのDOUBLERというファズは、当時殆ど売れませんでした。流通の問題があったのか、製品の問題があったのか、シーンのニーズに全く受け入れられなかったのかはちょっと想像すらできませんが、とにかく売れませんでした(笑)。
よって、こんにちの視点から言えば、DOUBLERのオリジナルは「超」が何個付いても足りない、というほどに激レアなファズとなっています。75年から78年まで発売された、という記録がありますが、製造数はハッキリとは分かっていません。
 この新しいファズ「DOUBLER」は、ちょっと変わった複合ファズとも言えるでしょう。フットスイッチを2ケ搭載したペダルで、ひとつはファズのオン・オフ、そしてもうひとつは「オクターブのオン・オフ」を切り替えるスイッチとなっています。

 一応分類的にはオクターブ・ファズということになりますが、オクターブ成分は純粋に入力信号のアッパーオクターブ成分のみが生成されます。そして前述したように「オクターブ」のスイッチを入れない状態であれば、そのオクターブ成分は出力されず、乱暴に言ってしまえば普通のファズの歪みだけが出てくる状態になります。しかもそのオクターブ・スイッチをオンにした時のアッパー・オクターブのサウンドは、今日的なアッパー・オクターブ・ファズのそれとはちょっと違い、むしろピッチ・シフター/オクターバーで1オクターブ上のギター信号を作り、その音を歪ませたかのようなサウンドを生成します。

 70年代になり、より異端なファズ音といいますか、シンセサイザーチックといいますか、とにかくブッ飛んだサウンドを求めるというシーンのニーズに対して生まれたであろうと思わしきこのファズですが、回路基板はプリント基板を、トランジスタにはBC173というシリコン・トランジスタを4つ使用してファズ音を生成したものです。コントロールはボリューム、サステイン(ファズの歪みのコントロール)、そしてフィルター(アッパーオクターブの歪みのブレンド量コントロール)の3つで、それほど複雑な構成ではありませんね。

 ここで、現在復刻発売されているBPCの「DOUBLER」のデモ動画を2つ貼っておきます。ひとつはいつもの長髪のオニイサン(笑)が、ハイワットのアンプとテレキャスターでチェックしているデモ動画、もうひとつも同じくハイワット&テレキャスですが、白髪のオジサン(笑)によるデモです。

 やはり注目すべきはそのアッパー・オクターブの成分でして、ハイポジションでの演奏でオクターブをオンにすると、まるでシンセザイザーかよ、と思えちゃうような、ギターの生音とは随分かけ離れたファズ・サウンドを生成します。ソロ・ノートでただ歪んだ音というだけではなく、より目立った音色を、と考える際には、なかなか面白い選択肢だと言えるかもしれません。




 実は、この復刻版DOUBLERも、ゲイリー・ハースト本人が監修(とはいえ、オリジナルとの変更点はありません。同じことを本人が確認した、という意味です)して復刻されたものです。オリジナルとの相違点は何かといえば、筐体です。

 動画で確認すると、現行の復刻品でも十分に大きいだろ、と思う方がほとんどだと思われるのですが、実はオリジナルはこれの倍近くデカい筐体でした。(笑)、バカデカいことで有名なTONE BENDERよりも大幅に大きな筐体を持っていました。ですが復刻版はサイズも半分近くまでダウンサイジングされ、また9V電源アダプターに対応したことでよりペダルボード・ライクな現代風筐体といえるでしょう。


筆者紹介

TATS
(BUZZ THE FUZZ

ミック・ロンソンに惚れてから、延々とTONE BENDERの魔界を彷徨う日々を送る、東京在住のギター馬鹿。ファズ・ブログ「BUZZ THE FUZZ」主筆。スペインMANLAY SOUNDとの共同開発で各種TONE BENDERのクローン・ペダルを企画・発売すると同時に、英JMI~BRITISH PEDAL COMPANYでのTONE BENDER復刻品の企画・発売にも協力。季刊誌「THE EFFECTOR BOOK」(シンコーミュージック刊)ではデザインを担当。

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