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TONE BENDER HISTORY (03)

2015/05/21

■ TONE BENDER (MK1) part.2


 1965年に発売されたTONE BENDERは、市販された初のイギリス製歪みエフェクターでした。当時のイギリスの音楽シーンはアメリカのポップ・ミュージック(特に黒人音楽)の強い影響下にありながらも、わりと保守的なアメリカのミュージシャンとは距離を置き、独自に「新しいことを探そう」という野心に溢れていました。もちろんそこには(ビートルズを筆頭に)英国ミュージシャンが国内だけではなく世界中を席巻していたことにもあらわれているでしょう。英国のミュージシャン達は、我先に、とばかりに新しい音楽、新しいプレイ方法、そして新しい「音」にどん欲だった時代とも言えます。

 しかしひとつの障害がありました。60年代の英国はまだ米国からの楽器輸入に高い関税がかけられていました。もともとそれ以前の時代から英国に輸入される品への関税はとても高く、1947年GATT=関税及び貿易に関する一般協定の締結以降その傾向は世界基準に近づけんと改善されていきましたが、国内産業保護の観点が強かったイギリスではまだまだ高い関税率が科せられていた時代です(当時のイギリス政府は次々に産業を国有化する等この「産業保護」が過度になり、それ故に国際競争力がガタ落ちしました。この政策から60年代に「英国病」という言葉が生まれています)。当時アメリカのギターがイギリスではとても高額だったことも同様の理由で、イギリスのミュージシャン達が60年代には、米国製のフェンダーやギブソンではなく、ドイツやイタリア産の楽器を主に使用していたことはここに起因します。

 経済の話はともかく(笑)、ファズの話に戻ります。

 当時“最先端のサウンド”だったファズの音。例えばジェフ・ベックの場合、彼がまだヤードバーズに在籍していた時代(1965・966年)にTONE BENDERと巡り会っています。65年の初夏、ゲイリー・ハーストが作ったファズ・ペダルの噂を聞きつけ、ゲイリー・ハーストが職場を構えていた楽器店の修理工房まで直に脚を運んだジェフ・ベックは「僕もアレが欲しいのだけど」と言いTONE BENDER MK1を購入したそうです。ヤードバーズ時代のジェフ・ベックの演奏で明らかなファズ・サウンドが聴けるものとしては65年6月に発売されたシングル「HEART FULL OF SOUL」が有名ですが、ヤードバーズがTV番組に出演し演奏しているシーンにて、ジェフ・ベックの足下にTONE BENDER MK1があることが確認できます。

 また1965年、この年最もヒットを記録した曲のひとつに、スペンサー・デイヴィス・グループ「KEEP ON RUNNING」があります。イギリスではチャート1位を獲得したこの曲(元々は英国人レゲエ・ミュージシャンのジャッキー・エドワーズという人の曲のカヴァー)を歌ったバンドのヴォーカル兼ギタリストは当時まだ17歳だったスティーヴ・ウィンウッドでした。そして彼がこの曲の冒頭で荒々しくかき鳴らした強烈なファズ・サウンドは、TONE BENDER MK1を使用したものでした。


 それから、まだ10代でありながらもこの頃若き腕利きセッションマンとして知られたジミー・ペイジの場合。米国のベンチャーズ「THE 2000 POUND BEE」(62年発表)という曲で使われたファズ(そのファズはカスタムメイドでした)のサウンドを聴いてノックアウトされたペイジは、その歪みサウンドがどうしても欲しいと考えるようになり、知人だった電子機器エンジニアにオリジナルのファズをカスタムメイドしてもらっています。これは1964年のことで、作った技師はロジャー・メイヤーでした。後にジミ・ヘンドリックスの為にあらゆる機材を提供した伝説の技師としても有名かと思われます。ジミー・ペイジはそのカスタムメイドのファズをセッションで何度か使いましたが、66年になるとゲイリー・ハーストが制作した英国オリジナル・ファズ TONE BENDERを入手、以降ヤードバーズ<レッド・ツェッペリンの時代に至るまでそれを使用しました。69年の雑誌のインタビューにてジミー・ペイジは「僕のギター・サウンドの75%はTONE BENDERで出来ている」という発言も残しています(註:ただし彼がここで指しているTONE BENDERは、65年発売のMK1ではなく、66年発売のMK2を指します。詳細は別途後述します)。ジミー・ペイジは2008年公開の映画『IT MIGHT GET LOUD(邦題:ゲット・ラウド)』の中でも、質問に答える形で当時のTONE BENDERの歪み、という話を60年代当時を懐かしむように残しています。

 また、ギターだけでなく、当時からベーシストにもTONE BENDER MK1は使用された形跡があります。ポール・マッカートニーが1965年12月、ビートルズのイギリス公演のステージ・リハーサルにてTONE BENDER MK1を使用している、という写真が残されていますが、ビートルズがTONE BENDERを使用していたのはゲイリー・ハースト本人が彼らに機材提供/技術指導していたからです。ポールとTONE BENDERといえば「THINK FOR YOURSELF」でのファズ・ベース・サウンドが有名ですが、TONE BENDERはこうしたビッグ・ネームのミュージシャン達によって瞬く間に広まった、と言えます。

 また、上記したギタリスト程にはダイレクトにTONE BENDER使いというイメージが湧かないかもしれませんが、初代TONE BENDER(=MK1)を使用したギタリストにはザ・フーのピート・タウンゼンドもいます。ギターを叩き折り、アンプを木っ端みじんに破壊するといったステージ・アクションでもお馴染みとなった65・6年当時のピートでしたが、彼のリクエストに沿う形でマーシャルやハイワットが続々と新機材を開発・提供していた、ということも有名かと思われます。つまりピート・タウンゼンドが「どんな音をどう提供するか」を常に意識していたことの現れだと言えるでしょう。当時ザ・フーのステージではほとんどがギターとアンプ直結というセッティングでライヴを行なう機会が多かったようですが、彼も何度かファズ・サウンドをステージにて披露していました。彼はTONE BENDERだけでなく、その後もいくつかファズを試していますが、残されているザ・フーのステージ写真の年月日から判断するに、最初にTONE BENDER MK1を、続いてマエストロFUZZ TONE FA-1A、マーシャルSUPA FUZZ、ダラス・アービターFUZZ FACE、ユニボックスSUPER FUZZ、という順で入手・使用したと考えられます。

 ここで、とても興味深い話があります。ピート・タウンゼンドが初めて入手したファズ、TONE BENDER MK1は、66年(つまりピートが使用したその年)にはすでに売却されています。そしてこのTONE BENDER MK1は、この時ロンドンの中古楽器店にて販売されたのですが、たまたまこれを見つけて購入したのはミック・ロンソンという若きギタリストでした。彼はロンドン出身ではなく、これを購入した直後に地元(ヨークシャー州ハル)に帰省、そのファズを手に地元に帰った彼は、ザ・ラッツというローカル・バンドを組み活動しますが全く売れず、貧困にあえぐようになります。そして69年、再びロンドンに上京する費用を得るために、自身が使用していたワウと共にこのTONE BENDERも知人に譲り渡しました。

 しかし、再びロンドンに出るとすぐにミック・ロンソンの運命が変わります。彼はデヴィッド・ボウイのバンドに参加することになったからです。ミック・ロンソンは「やはりあのファズとワウを使おう」と考えを改め、知人からそれらを買い戻しています。以降そのTONE BENDER MK1は70年代にデヴィッド・ボウイが生み出した数多くのグラム・ロックの名盤/名演で実際に使用されました。繰り返しになりますが、そのTONE BENDERはピート・タウンゼンドが初めて入手したモノと全く同じ個体だったのです。(この項続く)

筆者紹介

TATS
(BUZZ THE FUZZ

ミック・ロンソンに惚れてから、延々とTONE BENDERの魔界を彷徨う日々を送る、東京在住のギター馬鹿。ファズ・ブログ「BUZZ THE FUZZ」主筆。スペインMANLAY SOUNDとの共同開発で各種TONE BENDERのクローン・ペダルを企画・発売すると同時に、英JMI~BRITISH PEDAL COMPANYでのTONE BENDER復刻品の企画・発売にも協力。季刊誌「THE EFFECTOR BOOK」(シンコーミュージック刊)ではデザインを担当。

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