
1965年夏。TONE BENDERの生みの親ゲイリー・ハーストは自作のファズ・ペダルを商品化することにしました。というのも、プロトタイプとして10ケほど作った木製の試作品TONE BENDERがイギリスのミュージシャン中で話題となったからです。このファズの噂を聞きつけ、ゲイリー・ハースト本人の元へ「アレが欲しいんだけど」とオーダーを発注したギタリストの中には、スティーヴ・ウィンウッド(当時スペンサー・デイヴィス・グループに在籍)やジェフ・ベック(当時ヤードバーズに在籍)もいました。
前述したように、回路それ自体はMAESTRO FUZZ TONE FA-1をリファインしたものではありますが、各所にゲイリー・ハースト独自のアイデアも盛り込まれたものでした。トランジスタは3つ使用され、OC75を初段に、後段に2G381を2ケ配置しています。共にPNPゲルマニウム・トランジスタであるために、現在エフェクター製品の主流であるエフェクター用ACアダプターは使用できません。乾電池のみで動作します(そもそも当時はもちろんACアダプターなんてありませんでしたが)。
つまり、MAESTRO FUZZ TONEの歪みを再現するためにアメリカ(テキサス・インストゥルメンツ製)の2G381を使用したが、より実用的に改良するために初段トランジスタをOC75に付け替えた、ということだとこの発言から受け取ることができます。
キャパシター(日本語でいうコンデンサー)にはハンツ(HUNTS)というメーカーのものが採用されています。現在の目で見ればとにかく巨大なこのハンツ製パーツは、イギリスのラジオ製品等でもよく使われたもので、今もビンテージ・ラジオのマニア等にはとても人気が高い部品なのですが、実はTONE BENDERに採用された数値を持つキャパシターはそれほど大量に製造されてはおらず、現在では極めてレアな部品として知られます。もし幸運にもファズ回路に使用できるハンツ製キャパシタを見つける事ができても、大半のものは現在では酷くリーク(漏れ=数値通りの動作をしてくれない劣化状態のこと)してしまい、使い物にならないことが殆どだ、と言われています。それ故、現在数多く出回るTONE BENDERの復刻品やクローン・ペダルでは、このハンツ製キャパシターを使用しているものはほぼ存在しません。
ここで余談となりますが、実は1965年当時、イギリスで使用される9Vの乾電池といえば、PP4と呼ばれる円柱型の乾電池が主流でした。単2の乾電池よりやや小さく、重量は圧倒的に軽いPP4電池ですが、当然のように現在では完全に絶滅した規格です。その後、端子が天井面に2ケ並んだ、現在でもよく目にする事のできる角形の9V乾電池=PP3と呼ばれるものへと世界的に規格が統一化。60年代に製造された多くのTONE BENDERのオリジナル製品はPP4電池の端子を持っていたのですが、21世紀の現在それらの殆どはPP3用端子へと後に改造されたもの、となります。(写真19)
現在BRITISH PEDAL COMPANYから発売されているMK1 TONE BENDERは、この1965年に発売された初代TONE BENDERの完全復刻品となります。50年前のオリジナル同様、BRITISH PEDAL COMPANYのMK1 TONE BENDERの制作にはゲイリー・ハースト本人が監修として携わり、実際に使用部品や回路、デザイン等にいたるまで関わっており、今から50年前とほぼ同じ行程/構成で作られています。(この項続く)TATS
(BUZZ THE FUZZ)
ミック・ロンソンに惚れてから、延々とTONE BENDERの魔界を彷徨う日々を送る、東京在住のギター馬鹿。ファズ・ブログ「BUZZ THE FUZZ」主筆。スペインMANLAY SOUNDとの共同開発で各種TONE BENDERのクローン・ペダルを企画・発売すると同時に、英JMI~BRITISH PEDAL COMPANYでのTONE BENDER復刻品の企画・発売にも協力。季刊誌「THE EFFECTOR BOOK」(シンコーミュージック刊)ではデザインを担当。